会報 SHORT-NEWS[2013年4月号#292 一覧]

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外務省、UNESCO、日本ユネスコ協会連盟、カナダUNESCO国内委員会、トキワ松学園、都立国際高校、NPO法人目黒ユネスコ協会  2013年3月1日~3月11日 カナダの高校生25名と引率の先生1名

「このプロジェクトでもっとも素晴らしかったのは、日本の人々です」「カナダに戻ったら、また日本に来る方法を考えるだろうと思います」これは日本ユネスコ協会連盟に寄せられた『キズナ強化プロジェクトカナダ』に参加したウェストバンクーバーの高校生のコメントの一部です。何と嬉しい言葉でしょう。 

この事業は、東日本大震災の被災地と諸外国の高校生との絆を深めるために、外務省およびユネスコが実施したもので、アジア大洋州地域及び北米地域41の国・地域から青少年を日本へ招き、交流プログラムや被災地視察、ボランティア活動等を通じて、日本再生に関する理解を深めることを目的としています。約2週間に亘る滞在期間中、彼らが被災地以外で日本人の生活を身近に体験出来たのは唯一、東京での2泊3日のホームステイでした。この部分に私たち目黒ユネスコ協会が協力させて頂いたのですが、前述の高校生の言葉が、まさに、今回のプロジェクトの成功を物語っているように感じられます。 

平成5年、ウェストバンクーバー高校と目黒ユネスコ協会には、すでに交流がありました。また、目黒ユネスコ協会名誉会員で「めぐろ平和の鐘」の作者である人間国宝、故香取正彦氏作の「平和の鐘」がバンクーバーにもあるとお聞きした時には、二つの地域の深い縁を感じ、成功を予感しました。でも、何よりこの度の主役は、ホームステイを快く引き受けて下さったトキワ松学園、都立国際高校のご家庭の皆様、そして目黒ユネスコ協会会員の方々です。トキワ松学園での和菓子作り等のプログラムも素晴らしく、生け花体験で作ったお花を、日本青年館での最後のお別れの時にホストファミリーの家族に手渡し、日本語で「花は咲く」を歌った際には、皆が感動で涙、涙でした。関係者全員の皆さまに、協会を代表し心より御礼申し上げます。

副会長 宮下 晶子

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温かいご支援に感謝

主催:NPO法人目黒ユネスコ協会、

共催:公益社団法人日本ユネスコ協会連盟

後援:目黒区・目黒区教育委員会・他

今年の成果

目黒区立小中学校 2,373枚

目黒区関連施設  2,646枚

一般・会員     639枚

        計5,658枚

今年もユネスコ世界寺子屋運動にご協力くださいまして誠に有難うございました。大勢の皆さまの温かいご支援は、日本ユネスコ協会連盟を通してアジアの識字活動、ユネスコ世界寺子屋運動に充てられます。ハガキの他に、未使用テレカ、未使用切手、商品券、現金などの提供も多数ございました。こちらの支援活動は通年で受け付けております。引き続きよろしくお願いいたします。

新年度を迎えるにあたって、目黒ユネスコ協会会員の皆さまに一言ご挨拶を申し上げます。私どもの活動は、目黒区からの受託事業を中心に円滑に実施されているように見えます。語学研修や交流活動には多くの目黒区民や、区内在住の外国籍の方々が参加してくださっています。

3月には外務省およびユネスコが実施した東日本大震災の被災地と諸外国の高校生との絆を深める事業の一環として、カナダ・バンクーバー市の高校生25人を区内のトキワ松学園高等学校および都立国際高校の生徒さんのご家庭にホームステイをお願いし、多くのホームぺアレンツから目黒ユネスコ協会の活躍に賛辞を頂戴しました。

しかし、私たちは目黒ユ協の現状と将来に危機感を覚えないわけにはいきません。私たちは過去何十年もの間引き継いできた目黒ユ協の諸活動を、さらに次世代に引き継いで行く責任を負っています。そのためには、もっと多くの若い会員が必要です。青年会員たちは現在、実に多様な活動をしてくれていますが、限られた数の人たちに負担が集中していることは否めません。もっともこのことは私たちの活動全般にもいえることで、特定の会員に日常的な業務が集中してしまっています。  

業務分担を平準化させるために、時間やエネルギーを多少なりとも割いてくださる方を求めております。いうまでもなく、私たちの活動はボランタリー精神に基づいて行われています。目黒ユネスコ協会の日常を通じて、きっと何か新しい楽しみや、遣り甲斐を見つけていただけるものと確信しています。

理数教室2013.jpgのサムネイル画像

主催:目黒区教育委員会   

主管:NPO法人目黒ユネスコ協会2013年3月2日(土)14:00~15:30 青少年プラザ(中目黒スクエア内)

講師:NPO法人体験型科学教育研究所 中川律子氏 /東工大サイエンステクノ

参加:小学生(1年~ 6年)30名と保護者

私達の住む地球は、果てしない宇宙からの影響を日々受けている。理数教室では初めて天文分野を取り上げ、今回は親しみのある月を勉強した。星降る所にお住まいの先生は、子供達に「最近月を見ましたか?」と尋ねられた。「満月を見た」「三日月を見た」と答える。スクリーン画像をもとに、授業は進められた。

1.月の形:月の満ち欠け原理を順番に模型で体験し、月カレンダーを見ながら、満月を中心に形により色々な言い方があることを教わる。

2.月の模様:月が何に見えるか、写真を元に想像力を活かし、鉛筆の濃淡で細かくスケッチをする。

3.月の地形:ウサギに見えるところは、実は月の海に位置することがわかる。隕石による大きなクレーターは、肉眼でも見える人がいるそうだ。

4.月のペンダント:お楽しみのペンダント作り。桜又は松の枠を選び、溝に月の写真を入れ、透明のビー玉をボンド付けする。子供達は出来上がったペンダントを振り子のように揺らして遊んでいた。

最後に子供達は先生を囲み、藤井旭著『月をみよう』を読んでいただいた。先生の澄んだ声に耳を傾け、月の世界へと益々深く誘い込まれて行った。

広報 篠田啓子

sn02.jpg卒業制作絵画「鹿踊り」

 昨年9月15、16日に行われました目黒の八雲氷川神社の秋祭りや、SUNまつりに、「イピル・イピルの会」よりお招きいただき、5~6年生全員11名が早稲谷鹿踊りを披露しました。

平成23年3月11日は決して忘れることのできない悲しい日となりました。けれども全国各地の皆様、さらには外国の方々からたくさんのご支援やお励ましや応援をいただきました。その一つ一つが津波で文字通り根こそぎ壊滅してしまったふるさとを目の前にして、呆然として立っているだけのわたしたちにとって、一歩また一歩生きていくために前に進む支えとなりました。

 気仙沼にいて元気にしているだけではなく、直接外に出て行ってお礼がしたい。感謝の気持ちを、元気にしている姿を伝えたい。そんな思いで子どもたちと話し合い練習を繰り返し、本番を迎えました。

 さらに今回目黒ユネスコ協会のご支援によりホームステイというはじめての経験もさせていただきました。夜の会食がすみいよいよそれぞれのホストファミリーの方々と移動となったときのドキドキ感は、一人一人の子どもたちの表情から手に取るように分かるものでした。翌日出発の日の朝、目黒区役所に現れた子どもたちの表情は晴れ晴れとした笑顔、笑顔、笑顔のオンパレードでした。気仙沼に帰ってきてからも、交流が続いていたようでした。

半年経った3月、目黒ユネスコ協会から爲季副会長さん、宮下副会長さん、林理事さんが月立小学校を訪問されました。翌日卒業式では、直接6年生の子どもたちからお礼の言葉をお伝えすることができました。

わずか2回の出会いでしたが、子どもたちを大きく成長させるきっかけを作っていただきました。心から感謝申し上げますとともに、目黒の子どもたちが東北の豊かな自然を直接体験できる機会ができないものか、月立の次に続く子どもたちの鹿踊りがどこかで披露できないものか、一つの種が畑に蒔かれ、広がっていくような仕組み作りに期待が膨らむ3月のご訪問となりました。

3月18日早朝、為季・宮下両副会長に同行し、気仙沼へ向かう。一関のホームに降りたつと、冷気に思わず身が引き締まった。東北の春はまだ遠い。大船渡線に乗換えると、二両編成の車両は荷物を背負った若者でいっぱいになる。ボランティアの学生たちだ。定期的に被災地の学校を訪れているという。2年を過ぎても続いていることが嬉しい。 

駅に着くと、出迎えの山本校長先生の車で一路、市立月立小学校へ。今回の気仙沼訪問は、今後の支援について現地の声を聞くことが目的だが、そのきっかけは月立小から卒業式へのご招待だった。山間の小学校(全校児童35名)に一歩足を踏み入れると、その素晴らしさに、一同、目を丸くする。床材、梁、床柱...ふんだんに素木が使われていて、洒落たホテルのようだ。震災後、東京消防庁の隊員が宿泊したという校舎の下方には旧校舎が文化財として保存され、その前には仮設住宅が並んでいた。案内の山本校長先生もまだ仮設暮らし、と伺い、一瞬言葉を失う。校長室で山本先生は、月立小の児童たちと目黒ユネスコ協会の交流に触れ、その活動を通じてどんなに子供たちが自信を持ち、成長したか、を熱く語られた。そのお話をぜひ目黒ユ協の会員に、とお願いしたのが、上記の原稿である。

午後、気仙沼教育委員会との面談前にタクシーで被災した湾岸を巡った。瓦礫はすっかり片づけられ、建物の基礎だけが升目のように残っている。車の通る道路は2m嵩上げされていて、水田のように見えるところが旧市街地だった。

市役所へ戻り、今後の支援活動について意見交換する。新たな事業より、これまでの活動を発展・継続することが、相手の負担にならない支援につながる、との提言をいただいた。

最後に気仙沼ユネスコ協会会長を訪ね、9月の全国大会には、目黒で再びお目にかかりましょう、とお約束し、帰途に就いた。         広報 林 多香子

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